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2012/04/28 (Sat) 10:00

プラユキ・ナラテボー講演会・瞑想会

プラユキ・ナラテボー師の講演会・瞑想会を開催いたします。

【日時】2012年6月3日(日)9:00~14:00

【テーマ】不安との付き合い方
不安な気持ちになってもしかたがない、頭ではそう思っていても心配事や悩み事や漠然とした不安を抱えている方も多いと思います。そういう不安から脱却する、あるいは上手く付き合っていくにはどうしたら良いかが今回のテーマです。

【会場】寺町通り区民集会所2階第1会議室
東京都世田谷区北烏山5丁目1番4号
京王線千歳烏山駅東口より徒歩15分
またはバス(烏01系統)で、寺院通1番停留所下車徒歩2分。

【スケジュール】9:00 受付開始
09:15~11:00 講演会
11:00~12:00 質疑応答
12:00~13:00 昼食
13:00~14:00 瞑想会

※昼食と瞑想会は1階和室20畳へ移動します。
※1時間毎に約10分の休憩をはさみます。
※進行の都合上若干の変更がある場合があります。

【参加費】4,000円(当日受付にてお支払いください)
学生の方、障害者の方、生活保護の方、失業中の方など、経済的に余裕のない方には割引制度があります。2000円とさせていただきます。経済的に余裕のない方はお申込の際にお申し出ください。自己申告で書類等を確認することはいたしませんが、経済的に余裕のない方に限ります。
参加費は、運営費および、プラユキ師の渡航費、ハードウェア代を含む通信費、国内滞在費、国内交通費等に充てられます。

【定員】20名(定員になり次第締切)

【申込方法】メールにて下記必要事項をご記入の上お申し込みください。
メールアドレス mercy.wisdom.1@gmail.com
メールタイトル 講演会申込
お名前(ふりがな)
ご住所
連絡先(メールアドレスまたは電話番号)

※ご住所は市区町村名までで結構です。
※連絡先は当日連絡が取れる連絡先をお書きください。
 万一変更中止などがある場合はこちらに連絡いたします。
 申込メールアドレスと同じ場合は、「申込メールアドレスと同じ」とお書きください。

【座談会】
会終了後に、会場1階の和室にて講師を交えてお茶を飲みながら約2時間程度の自由参加の座談会を行います。途中退席も自由ですので、お時間のある方はこちらも是非ご参加ください。

【昼食について】
お手数ですがお弁当をご持参ください。会場から歩いて10分以内には食事を取れる店やコンビニエンスストアはありません。ご来場の際にはあらかじめお弁当をご用意ください。なおプラユキさんにお弁当のお布施をしたい方、歓迎です。お申し込みの際にお申し出ください。

【自動販売機について】
会場には冷水器はありますが、自動販売機はありません。飲み物が必要な方はあらかじめペットボトル等をご用意ください。会場より一番近い自動販売機は、「寺町通り高速下」信号千歳烏山駅側の角にあります。座談会でのお茶はこちらでご用意いたします。

【会場について】
お寺に囲まれた落ち着いた良い所です。建物もきれいです。駅から徒歩15分と遠いので、地図をご確認の上余裕を持ってお越しください。
道は駅からほとんど一本道です。途中の目印としては、先ず地図の「千歳烏山駅入口」信号を目指してください。地図にはありませんが、信号のところにある交番があるので、迷ったら交番の場所を訊いてください。信号の名前より交番の方が有名です。次に烏山中学校、その次に烏山北小学校を目指します。烏山北小学校まで来ればあとは迷うことはないでしょう。
バスは15分に1本くらいですので、健康な方にはおすすめできません。
teramachidori_kuminshukaijo.jpg

【スタッフ募集】
当日受付やお茶の用意などをするスタッフを2名募集いたします。スタッフ希望の方はお申込の際にお申し出ください。スタッフをやってくださる方は割引いたします。

【お問い合わせ】メールにてお問い合わせください。
メールアドレス mercy.wisdom.1@gmail.com
メールタイトル 問い合わせ

【主催】烏山瞑想会 伴 浩明

当会主催以外の講演会・瞑想会については、ミクシィコミュニティ「プラユキ・ナラテボー比丘」にかなり集約されていますので、こちらも是非ご参照ください。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5086426

【講師紹介】プラユキ・ナラテボー
本名、坂本秀幸。1962年、埼玉県生まれ、上智大学哲学科卒。
大学在学中よりボランティアやNGO活動を行い、タイ語を学ぶ。
大学卒業後、タイのチュラロンコン大学大学院に留学。
1988年、ルアンポー・カムキアン師の下にて出家。
現在タイ国スカトー寺副住職。

【著作】







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2012/03/16 (Fri) 21:30

福島原発プルトニウムの危険性評価

東京電力福島第一原子力発電所事故で拡散したとみられるプルトニウム241を、放射線医学総合研究所などが福島県内で初めて検出し、2012年3月8日英国の科学電子雑誌に発表した。
再びプルトニウムの危険性が一部でクローズアップされているが、どの程度の危険性があるのか独自に評価してみた。

核種 放出量
(Bq)
経口摂取
実効線量係数
(Sv/Bq)
吸入摂取
実効線量係数
(Sv/Bq)
主な放射線
の種類
強さ
(MeV)
物理的半減期
(年)
人体での
蓄積場所と
生物学的
半減期
Cs-134 1.8京 1.9×10-8 2.0×10-8  β,γ 0.6580 2.1 筋肉・全身
2~110日
Cs-137 1.5京 1.3×10-8 3.9×10-8  β 0.5140 30
Pu-238 190億 2.3×10-7 1.1×10-4  α 5.4990 87.7 骨/50年
肝臓/20年
生殖腺/-
Pu-239 32億 2.5×10-7 1.2×10-4  α 5.1570 24065
Pu-240 32億 2.5×10-7 1.6×10-5  α 5.1680 6537
Pu-241 1.2兆 4.8×10-9 1.7×10-7  β 4.8970 14.4
表1 セシウムとプルトニウムの福島原発からの放出量、実効線量係数、線種、強さ、半減期

ここで実効線量係数とは、ベクレルからシーベルトへの換算係数である。シーベルトは人体へ影響度を表す。実効線量係数は年齢によって異なるが、年齢別の詳細なデータが入手できなかったので、17歳以上の成人のデータを用いた。

表1を元に、セシウム137を基準として1とした場合の放出量、実効線量系数、影響度を計算する。ここで影響度は以下の計算を行った。
影響度比 = 放出量比 × 実効線量係数比

核種 放出量比 経口摂取
実効線量係数比
吸入摂取
実効線量係数比
経口摂取
影響度比
吸入摂取
影響度比
Cs-134 1.20x10+0 1.46x10+0 5.13x10-1 1.75x10+0 6.15x10-1
Cs-137 1.00x10+0 1.00x10+0 1.00x10+0 1.00x10+0 1.00x10+0
Pu-238 1.27x10-6 1.77x10+1 2.82x10+3 2.24x10-5 3.57x10-3
Pu-239 2.13x10-7 1.92x10+1 3.08x10+3 4.10x10-6 6.56x10-4
Pu-240 2.13x10-7 1.92x10+1 4.10x10+2 4.10x10-6 8.75x10-5
Pu-241 8.00x10-5 3.69x10-1 4.36x10+0 2.95x10-5 3.49x10-4
表2 セシウム137を1とした場合の放出量、実効線量系数、影響度

表2を見ると以下のことが分かる。
経口摂取で同じベクレル数摂取した場合、プルトニウム(Pu-238, Pu-239, Pu-240)はセシウムに比べて約20倍危険である。吸入摂取で同じベクレル数摂取した場合、プルトニウム(Pu-238, Pu-239)はセシウムに比べて約3000倍危険である。しかしプルトニウムの方が放出量が圧倒的に少なく、総合的な人体への影響度は誤差を2倍程度に多めに見積もったとしても、経口摂取の場合で10000分の1、吸入摂取の場合で100分の1程度に過ぎない。

また、上記の影響度の計算は、プルトニウムとセシウムの存在比率が放出量比とどこでも同じであると仮定した上での計算である。実際にはプルトニウムはセシウムに比べ重い元素なので、遠くまで拡散しにくい。もちろん一部は遠くまで飛び、外国まで飛ぶ可能性も十分あるが、原発から遠くなればなるほどセシウムとの存在比率は小さくなり、従って影響比も小さくなる。逆に原発に近ければ影響比は大きくなる。プルトニウムのセシウムに対する存在比が放出量比と同じになる地点、言い換えれば吸入摂取影響度比が100分の1以上になる距離はどの程度であるか、これは単なる推測だが、原発敷地内程度、どんなに遠くても避難地域内にあると推測される。そしてその範囲外では吸入摂取影響度比が100分の1以下になることになる。

従って一般人へのプルトニウムの影響は無視して良いと考えられる。逆に原発作業員は吸入しないようにするべきと考えられる。

おそらく放出量に誤魔化しがあると疑う人も多いと思われるが、10倍誤魔化していたとしても吸入摂取影響度比でまだ10分の1、100倍誤魔化していたとしてようやくセシウムと同等の危険性である。100倍誤魔化すのは絶対にと言ってよいほど不可能で、10倍誤魔化すのもほぼ不可能であり、かつそれでも吸入摂取影響度比10分の1はまだ誤差範囲と言える。しかも、セシウムとプルトニウムの存在比率がどこも一定であると仮定した場合の話である。従って誤魔化せる範囲での誤魔化しがあったとしても上記の一般人へのプルトニウムの影響は無視して良いという結論は変わらない。

プルトニウムの飛散については、以下が詳しく分析している。
buveryの日記 2011-11-06 私が、『福島のプルトニウムは無視して良い』と考えるわけ
http://d.hatena.ne.jp/buvery/20111106

表1作成のための参考資料URL
子供を守ろう SAVE CHILD 【放射能】福島第一原発から飛散した主な放射性同位体(核種)全31種・放出量・具体的な人体への影響など
http://savechild.net/archives/3891.html
緊急被ばく医療研究のホームページ ≪内部被ばくに関する線量換算係数≫
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html
Plutonium dispersal and health hazards from nuclear weapon accidents
http://www.reocities.com/m_v_ramana/nucleararticles/pu_dispersal_curr_sci.pdf
プルトニウム241の検出が論文発表されたことの意味とは
http://togetter.com/li/270088

補足:上記資料中に吸入タイプという言葉が出てくる場合があるのでその解説。
●Type F: 速い吸収=吸着した物質は容易に呼吸管から体液に吸収される
●Type M: 中度の吸収=吸着した物質の、呼吸管から体液への吸収率は中程度
●Type S: 遅い吸収=吸着した物質は呼吸管で比較的不溶 (insoluble)
の3種に加えて、気体または気化しやすい物に対して、
●Type V: 極めて速い吸収=吸着した物質は、線量計算の目的で、呼吸管から  直ちに体液に吸収されるものと仮定する
http://blog.livedoor.jp/pierres_blanches/archives/51734810.html

その他参考URL
原発事故で拡散、プルトニウム241初検出(2012年3月9日08時04分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120308-OYT1T01249.htm

当ブログ原発事故関連記事
3/18福島原発今後の予測
福島県放射線量そろそろ限界
SPEEDIによると30キロ圏外でも“内部被ばく”注意報
3/28福島原発今後の予想
福島原発今後、食品放射性物質基準値は妥当か
福島原発今後の予測被曝量計算方法
乳児ための放射性母乳傾向と対策
福島原発プルトニウムの危険性評価

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2012/03/14 (Wed) 10:00

亡くなった人への供養の仕方

震災から1年が経過しました。まだ悲しみに暮れている方も多いかと思いますが、今回は震災に限らず、亡くなった人への供養の方法についてです。筆者は死後どうなるかについては分からないのですが、仏教やキリスト教の聖職者のお話から、供養の方法について書きます。

聖職者にお願いして法事やミサをしていただいても良いのですが、一番効果があるのは、故人に親しかった人が自ら心を込めて行うことです。

仏教の場合は回向(えこう、自分の持っている功徳を亡くなった人に振り向ける事)が有効です。
亡くなった人を思い浮かべ、口に出して、または心のなかでこう唱えます。
「○○さんに、私の功徳を全て回向します。」

キリスト教の場合は祈りが有効です。
亡くなった人を思い浮かべ、口に出して、または心のなかでこう唱えます。
「○○さんに、神の救いがありますように。神に感謝いたします。」

筆者も、去年震災によってではありませんが、亡くなった親しかった故人のために、亡くなってから49日回向をしました。毎日悲しい気持ちが出てくる度に唱えました。その後も悲しい気持ちが出てきたら回向しました。本当に故人に届くのかどうか、それは筆者には断言できませんが、少なくとも自分の悲しい気持ちは薄らぎました。

いつまでも悲しみを引きずるのは執着であり、故人にとっても自分にとっても自分の周りの人にとっても益にはなりません。悲しみを離れ、自分自身が生き生きと生きるのが最大の供養であり、故人にとっても自分にとっても自分の周りの人にとっても最も良いことでしょう。

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2012/02/09 (Thu) 14:30

平常心で人間卒業

DalaiLama2.jpgThichNhatHanh2.jpg

何のために修行しているのか?筆者は最近よくそう訊かれます。昔はいろいろなことを考えていましたが、最近はこう答えるようにしています。

常に平常心を保ち、死ぬときに思い残すことなく笑って人間卒業と言えるように。

常に平常心と言うと、悟りすまして無味乾燥な心を想像する人もいるかもしれませんが、筆者の言う平常心はそうではありません。例えば音楽の演奏家です。どんなに喜怒哀楽を激しく表現していても、どこかに平常心・冷静な心がなければ演奏できません。あるいは別の例では、飛行機の機長や船の船長が事故に遭ったときの冷静な心です。もうだめだ、自分は死ぬ、そう思っても、一人でも多くの乗客を助けるために冷静な心で最後まで最善を尽くす。こういう心です。人間である限り心が動いたり動揺するのは避けられず、またそれを無理に平静を保つ必要はないでしょう。しかしどこかに平常心・冷静な心を持っていたいと思っています。

具体的な人物で言えば、ダライ・ラマやティク・ナット・ハンです。チベット虐殺やベトナム戦争のさなかでも、常に平常心を失わずに冷静に平和や微笑みを説いた人達です。そして彼らは無味乾燥ではありません。写真でも分かるように、ダライ・ラマは情熱的ですし、ティク・ナット・ハンは深く語りかけるような微笑みをしています。

人間卒業と微笑んでいられるようにというのも筆者の願いです。死んだら終わりなのか、天国地獄に振り分けられるのか、輪廻があるのか、それとも解脱があるのか、筆者には分かりません。しかしどのケースであっても、やるだけのことはやった、思い残す事はない、人間卒業と笑って死ねる人生となるよう、それが修行だと思っています。

そのためには、(と言うと実は本末転倒な表現ですが)、日々やるべき事できる事をやり、人のため他の生命のために少しでも役に立つことをやり、今ここを生きることだと思っています。そうやって自分にとって当たり前の事を当たり前にやって生きることが修行の目的であり同時にプロセスだと思っています。

また考えが変わることもあるかもしれませんが、今はそんな風に考えています。

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2012/02/08 (Wed) 16:30

やさしい八正道入門まとめと目次

これまで八正道と中道について、主に一般の方を対象に、平たくやさしくシリーズで解説してきました。中道と八正道はブッダが先ず最初に説いた教え・心がけです。しかし今回筆者は、「仏教」として解説した訳ではありません。八正道は、仏教的に言えば全ての苦を滅するための道ですが、このシリーズでは一般論として、自他ともに幸福になるために有効な方法として、八正道を解説してきました。いわば、健康になりたい人(自他ともに幸福になりたい人)に運動(八正道)を勧めるような感じで書いてきました。従って、仏教修行者や研究者から見れば全く違うと思われる部分も多々あると思いますし、人にとって見ればそんな事はどうでも良いと思われる部分も多々あると思います。それについては八正道だけが完璧な心がけとは言えないという事も解説してきました。にも関わらず、やはり八正道は一般論としてとても有効かつ奥が深いです。

八正道の各項目と、八正道以外にも心がけた方が良い項目をもう一度列挙します。

1.正見 正しく観ること。
2.正思 正しく考えること。
3.正語 正しい言葉。正しく話すこと。
4.正業 正しい行い。(主に他に対して)
5.正命 正しい生活。(主に自分に対して)
6.正精進 正しい努力。
7.正念 正しい気づき。正し注意力。
8.正定 正しい心の安定。

その他の項目
1.正聴 正しく聴くこと。
2.正感謝 ありがたいと感じる、気づくこと。感謝を伝えること。
3.正謝 正しく謝ること。

八正道を実践する上で、時々リストと自分を照らし合わせてチェックすることがとても有効です。

これらの内、最も大切なのは正見(と正聴)です。そして正見とはどういうことであるかを具体的に解説しました。

また正念と正定については、八正道の仕上げ的意味があり、瞑想が必要となってくることを解説しました。そして瞑想とは、一部の修行者だけの特殊な修行ではなく、一般の人も瞑想と思わず瞑想をしていることもあるということと、瞑想の精神状態はどういうものであるかの例を解説しました。

そして中道については、バランス感覚、ニュートラルでフリーな立場、臨機応変な対応などの意味があり、八正道+アルファを実践する上で全般的に心がけた方が良いことを解説しました。

以上、自他ともに幸福になるために、少しでもお役に立てれば幸いです。

最後に目次を添付します。
連載シリーズで書いてきたので、まとまりに欠ける部分があることをご容赦ください。
八正道は必要十分か?
八正道が必要十分でない例(正しく聴く)
八正道を心がけない場合のデメリット
八正道超入門実践法
八正道正見心がけのポイント
あるがままに観るポイント
多角的観方の具体例
八正道正念・正定入門
八正道と瞑想
瞑想って何?(ある職人の話)
八正道と中道
やさしい八正道入門まとめと目次

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2012/02/07 (Tue) 16:30

八正道と中道

このところ八正道をシリーズで、仏教的にではなく一般の人に解りやすいようやさしく平たく書いていますが、今回は中道についてです。

中道とは八正道に先立ち、ブッダが最初に説いた教え、心がけです。苦行を捨て、菩提樹の下で大悟したブッダが、昔の苦行仲間を探し、一番最初に説いた教えです。そしてその時の内容は「極端を避けよ」でした。苦行や快楽などの極端に走ることなく、中道を歩めという事です。しかしその後もブッダは中道ということをかなり言っていたようで、単に極端を避けるというだけでなく、もっと深い意味があり、ブッダの教えの中核となっています。今回は例によって仏教的にではなく、筆者の解釈を含め、中道について解説します。

中道でよく誤解されるのは、先ず「極端」という言葉です。極端を避けることは、無難・凡庸な道を歩む事だと解釈する人がいますが、それは間違いでしょう。「度を過ぎた事」を避けるという方がより正しい解釈です。「極端」という言葉には本来「度を過ぎた」という意味がありますが、今日ではそういう意味合いが減ってきて「突出した」という意味に解釈する人もいます。しかし突出する事自体は本来の意味では極端ではありません。度を過ぎるという事が極端であり、極端を避けるということは無難・凡庸ではありません。

次に、中道を筆者の言葉で平たく現代風に解釈してより深く探ってみます。

先ず「バランス感覚」というのが挙げられます。筆者がよく使う例えですが、例えばスキーです。ゲレンデの状態(人生の状態)は刻々と変化し、無常です。その中で常にバランスを取るという感覚です。常に状況は変化しているので、こうやっていれば良い、というパターンは存在しません。臨機応変に前後左右真ん中とバランスを取る必要があります。そのバランスの取れた状態が中道です。

またスキーの例で極端と言えば、1つの極端は到底出来もしない度を過ぎた大技や高速にいきなりチャレンジすることです。もう1つの極端は、とにかく転ばない事だけを考えてたらたら滑ることです。自分の力量に合ったチャレンジが中道と言えるでしょう。

日常生活での具体例も1つ挙げておきます。子供を叱る場合です。怒る(いかる)のは通常良くないとされていますが、場合によっては自分の怒りをはっきり子供に見せて叱る方が良い場合もあります。しかしいつも怒ってばかりでは子供は反発したり萎縮してしまったりします。ここで中道のバランス感覚が必要とされるでしょう。

中道を別の言葉で言えば、「ニュートラル」「フリー」という事も言えると思います。1つの見解やパターンに嵌りこむことなく、ニュートラルでフリーな立場にいる。以前書いた多角的観方にも通じますが、これも中道と言えると思います。たとえ自分の見解がある見地から見れば正しくても、それだけが正しいとして執着するのは中道とは言えないでしょう。必要であればいろいろな見地に立てるニュートラルでフリーな感覚が中道と言えるでしょう。

こうしてみると中道は、八正道(つまり日常生活での心がけ)全般に渡り、基本的に心がけておくべき重要な事項だと言えるでしょう。そして中道を現代的な言葉で言えば、バランス感覚、ニュートラル、フリーな感覚、臨機応変などと言えると思います。

やさしい八正道入門まとめと目次

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