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2010/07/07 (Wed) 21:00

統合的アプローチ、分類的アプローチ

悟り(己を理解し苦を滅する)を目指す場合、修行法を選択する場合など、
物事を見る場合、統合的アプローチと分類的アプローチがあります。

統合的アプローチとは、様々な見方や考え方の共通点・エッセンスを見出し、
それらを統合しようとするアプローチです。
例えば瞑想とは何かという場合、心を安定させて己と向き合うことだ、
という場合、これは統合的な見方です。

分類的アプローチとは、様々な見方や考え方の相違点を見出し、
それらを分類しようとするアプローチです。
例えば瞑想とは何かという場合、この宗派の瞑想法はこうであるとか、
この瞑想法とあの瞑想法の違いは何であるかということを見る場合、
これは分類的な見方です。

さてそこで、修行者はどちらのアプローチをするべきかということですが、
先ずは統合的アプローチを取るべきでしょう。
なぜならば、修行者は生命とは何かということを大きなテーマにしているので、
どこにでも共通する何かを発見するべきだからです。

では分類的アプローチは必要ないのかというと、そうではありません。
生命、人間というものは細かく言えばみんな違うので、
自分のタイプを知り、自分に合った修行法を模索する必要があるからです。
その場合は分類的な見方が役に立ちます。

ただし注意しなければいけないのは、相違点を強調して差別化することです。
物事には特徴、つまり長所・短所というものがあります。
自分がやってきた教えや方法論に執着し、差別化することは避けるべきです。
よく見られるのは、ヒンドゥー教(ヨーガ)と仏教とどちらが優れているかとか、
ヴィパッサナーと禅は全く違うものであり相容れないなどという論争です。
そして自分のやり方のみが正しいと主張し、他を十把一絡げにして否定します。
これらの論争は自己に対する執着から生じます。

先ずは統合的アプローチで共通点を探り、
そして分類的アプローチで思いいれを抜きにして客観的に特徴だけを観る。
これが修行者として正しい物事の見方だと言えるでしょう。

関連シリーズ記事
統合的アプローチ、分類的アプローチ
レイヤー的ものの観方
水平的多角的ものの観方
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2010/07/21 (Wed) 21:00

四聖諦

ブッダ自身が何を説いたか説かなかったか、
今となっては明らかでない部分も多々ありますが、
少なくとも中道、四聖諦、八正道はオリジナルだというのが通説で、
また仏教の根本をなす重要な教えです。

四聖諦(ししょうたい)は以下の4つからなっています。

・苦諦(くたい) 生きていることは苦であるという真理
 ここで苦とは、一切皆苦で何もかもが苦であるという解釈や、
 四苦八苦が苦であるという解釈など、様々な解釈があります。
 しかし少なくとも、生きている限り通常、苦を避けられないということについては、
 異論がないと思います。

・集諦(じったい) 苦には原因があるという真理
 苦は理由なく存在しているのではなく、必ず原因があるということです。
 ブッダはその原因の主たるものを渇愛(欲望を満たそうとする心)だとしています。

・滅諦(めったい) 苦は滅することができるという真理
 ブッダは苦は滅することができるとはっきりと言っています。
 苦は滅することができるのです。
 滅することができるなら一切皆苦ではなくなります。
 苦の原因、つまりを渇愛を理解すれば、苦を滅することができる可能性が出てきます。

・道諦(どうたい) 苦を滅する方法があるという真理
 苦を滅する具体的方法である八正道です。
 八正道については以下の記事をご参照ください。
 八正道(はじめに)
 八正道(正見・正思)
 八正道(正語・正業)
 八正道(正命・正精進)
 八正道(正念・正定)

つまり、苦の存在を認識し、苦の原因を知り、正しく対応すれば、
苦は滅することができる、そうブッダは言っています。

参考記事
中道とはバランスである

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2010/07/28 (Wed) 20:00

菩提心

菩提心の菩提とは、語源的にはbodhi=目覚め・覚りから来ていて、
また智慧を表しますが大乗仏教的菩提心にはもっと広く深い意味があります。
(bodhiのさらにもっと語源については、過去記事仏教の語源をご参照ください。)

菩提心とは2つの意思が統合された心です。
・自分が覚ろう、苦を滅しようとする心。智恵。
・他の生命を幸せにしよう、苦を取り除いてあげようとする心。慈悲。

智恵と慈悲というのは仏教の根本ですが、
修行を始めるにまたは継続するにあたって、この菩提心というのは重要です。
(仏教の根本については、過去記事スピリチュアリティの本質をご参照ください。)
自分が覚ろうとする意思と他の生命を救おうという意思と、
片方だけではなく両方が必要です。

もっと言えば両方必要というより、両者は不可分なのです。
自分一人が覚って苦を滅しようとしても、
周りの生命が苦しんでいては自分自身の苦も完全にはなくならないし、
他の生命を救おうとしても、
自分が不幸で智恵もなければ救うことはできません。

菩提心というのは大切ですが、聖者だけが持てる特別な心ではありません。
誰でも自他ともに幸福になり、向上していきたいという気持ちは持っています。
しかし菩提心は忘れられがちで、持続させるには意思が必要です。
菩提心、つまり智恵と慈悲の両方を常に忘れないようにしましょう。

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