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2009/10/31 (Sat) 21:00

ダライ・ラマ講演会

ダライ・ラマ14世


今日ダライ・ラマ講演会「さとりへ導く三つの心と発菩提心」へ行って来ました。
今回の記事はその概要です。講演はチベット語で行われました。

先ず初めに般若心経の読経がありました。

講演の前半は以下のような内容でした。
現代は物質的豊かさだけでなく、心の平和を求める時代になりました。
世界には宗教を受け入れる人と受け入れない人がいますが、
そのどちらも心の平和と愛と慈悲が大切だと認めています。
愛と慈悲は宗教に関係なく必要なのです。
争いがなぜ起こるかを考えて見ましょう。
争いは自分と他人との間に境界を作ることに原因があります。
自分と他人との間に境界を作らなければ、他人を自分と同じように愛せば争いは起きません。
そのためには、相手の立場になって考えるということが必要です。
また自分を害する人に対しても慈悲の心を持つようにすることが大切です。
害をなす人はいつかその報いを受けます。
そのことに対して理性で慈悲を持つようにしましょう。

次はこれに関連して、自我の話になりました。
自我に関連する3つの問いについてです。
1.自我は実体として存在するのか
2.自我に始まりはあるのか
3.自我に終わりはあるのか
これらについて、仏教や他の宗教ではどう考えられているのかの客観的解説がありました。
内容については難解かつ多岐に渡るので割愛します。

後半は講演のテーマである、さとりへ導く三つの心と発菩提心の話になりました。
三つの心とは以下の三つです。
1.出離の心
2.菩提心
3.正しい見解

出離の心とは、輪廻の快楽と苦しみから離れて、今世や来世への執着をなくすことです。
ここで苦には三つに分類できるという話がありました。
1.苦痛による苦
2.変化による苦
3.普遍的な苦
この分類は初耳だったので新鮮でした。

菩提心とは、利他の心と、利他のための方法手段として一切地の悟りを求める心です。
愛と慈悲の心が必要であるということです。

正しい見解とは、ものごとのありようを正しく見、究極的には空を理解する智慧です。
出離の心や菩提心を育んでいても、ものごとのありようを正しく理解する智慧がなければ、
輪廻の源を断ち切ることはできません。
空とはなにかについても解説がありました。
空とは、ものごとは縁起(互いの関連性)の上に成り立っていて、
それ自体で実体として存在するものはなにもないということです。
しかしそれ自体で実体として存在していないというだけで、非存在ではありません。

以上、出離の心、菩提心、正しい見解の三つの心が修行には必要だという内容でした。

最後に十人弱の人たちの質疑応答がありましたが、多岐に渡るので割愛します。


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Comment

自分も行ってきました!
いやいや、わかってはいましたが、あんなに人が集まるとは

自分には難しい内容も多かったですが、参加して良かったです。
こういう場には積極的に参加したいと思いました。
2時間の予定は短いんじゃないかなぁと思っていましたが、
やはり足りなかったですね ^^;
ぽっち |  2009年10月31日(土) 22:46 |   |  コメント編集

良かったですね

ぽっちさん
コメントありがとうございます。

講演良かったですね。
実際には3時間だったので、一応十分ではないですか?
内容的には他の宗教や無宗教の立場の人も重んじて、
なおかつ仏教の真髄を説く。
なかなか難しいことを平然と行うところが素晴らしいと思いました。
CyberBaba |  2009年10月31日(土) 23:17 |   |  コメント編集

時間をオーバーして聞けたのはラッキーでしたよね。
少々駆け足で終わる形になって慌ただしくなってしまったのは、ちょっと残念だったかな?

様々な立場の人の事も考慮して、仏教の立場から愛と慈しむを説く、
もし、一方的に仏法を押しつけるような態度をだったら
法王が世界でこんなに広く受け入れられることは無かったのでしょうね。
ぽっち |  2009年11月01日(日) 00:56 |   |  コメント編集

ぽっちさん

> 時間をオーバーして聞けたのはラッキーでしたよね。
> 少々駆け足で終わる形になって慌ただしくなってしまったのは、ちょっと残念だったかな?

そうですね、主題である「さとりへ導く三つの心と発菩提心」をもう少しじっくり聴きたかったですね。

> 様々な立場の人の事も考慮して、仏教の立場から愛と慈しむを説く、
> もし、一方的に仏法を押しつけるような態度をだったら
> 法王が世界でこんなに広く受け入れられることは無かったのでしょうね。

こちらもおっしゃるとおりだと思います。
決して仏教が一番正しいと他を見下すとか、
間違っているとか怒るとか、
そういうことをしないところが素晴らしいですね。
そこが一番尊敬できるところでもあります。
CyberBaba |  2009年11月01日(日) 22:37 |   |  コメント編集

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