QLOOKアクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告  |  ↑Top

2009/11/11 (Wed) 21:00

自分自身を誤魔化してはいけない

仏教では人は貪瞋癡(とんじんち、欲望、怒り、無知)を滅するべきだとされています。
これは当然と言えば当然のことなのですが、修行者が陥りやすい罠について書きます。

避けるべき罠は、貪瞋癡を無理やり押さえつけて、自分自身を誤魔化してしまう事です。
貪瞋癡は悟る(大悟する)までは必ずあります。
欲望、怒り、嫌悪、高慢などを表に出さないようにすることは悪いことではありませんが、
それらを押さえつけて、それらがなくなってきたと自分を誤魔化してはいけません。
それは単なる偽善となるばかりではなく、自分自身を見失うからです。

では貪瞋癡が心に生じたらどうすれば良いのでしょうか?
先ずすべきことはそれを認め、観察し、受け入れることです。
現在の己自身をそこで認識するのです。
もしそれで済んでしまい、一時的にでも消えてしまえばそれが最良です。

消えてしまわない場合は対処方法がいくつかあります。
どういう方法が良いかはケースバイケースで判断は難しいところです。

自分自身でなんとかできそうなら、生じた貪瞋癡をじっくり味わって消化しましょう。
自分自身でどうにもならないなら、信頼できる人に話を聴いてもらいましょう。
それでもどうにもならない場合は、表面に出さざるを得ません。

しかし抑圧して自分自身を誤魔化すことだけは避けるべきです。
決して表面的にだけ道徳的な偽善者になってはいけません。
根底に存在する貪瞋癡が、闇の中で成長するだけです。

瞑想・慈愛  |  トラックバック(0)  |  コメント(7)  |  ↑Top

Comment

No title

CyberBaba さん
はじめまして、ワンギーサと申します。先日、私のブログ「困った時はダンマパダ」にコメントして頂いた CyberBaba さんでしょうか。
仏教ランキングを見ていたら、この名前を発見しましたので、たぶんそうかなと思ってコメントしました。コメントありがとうございます。
(もし違っていたらごめんなさい。)
ときどき、こちらに訪問して、勉強させてもらいます。また、何かありましたら、コメント下さい。
三宝のご加護がありますように。
ワンギーサ |  2009年11月15日(日) 20:47 |   |  コメント編集

ありがとうございます

ワンギーサさん

コメントありがとうございます。
はい、おっしゃるとおりブログにコメントさせていただいた者です。
いまワンギーサさんのダンマパダが一番のお気に入りのブログなので、
コメントいただけて感激です。

私の持論として、仏教はダンマパダに始まり、
般若心経に終わるというのがありますので、
「困った時はダンマパダ」は本当にためになります。
(般若心経に終わるというのはたぶん異論をお持ちでしょうが
 これについては私のブログの般若心経シリーズをお読みいただければ、
 納得していただけると思います。
 http://cyberbaba.blog57.fc2.com/blog-category-1.html

リンクにも追加させていただきましたので、今後ともよろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2009年11月15日(日) 23:21 |   |  コメント編集

No title

般若心経は、釈迦の言葉ではないはずですが?
仏教苦学生 |  2010年09月28日(火) 21:41 |   |  コメント編集

No title

仏教苦学生さん

はじめまして、コメントありがとうございます。

文献学的に見れば般若心経はブッダの言葉ではないのはほぼ確実でしょう。しかし私にしてみればそれはどうでも良いことなのです。

例えば、地動説はコペルニクスが最初に唱えたとも、ガリレオが唱えたともされています。そういう論争が好きな人もいるでしょう。しかし私にとっては誰が言ったかとかはどうでも良いことなのです。地動説が正しいか正しくないかだけが問題なのです。言いだしっぺが誰であろうが関係ないのです。

また、事実だけが真理であるとするなら、仏教のジャータカ(ブッダの前世物語)も全部嘘で作り話です。私にとってはそれもどうでも良いことです。その話の中に真理があり、学ぶべき点があるかどうかが重要なのです。

般若心経は事実かどうかとういう点ではほとんど間違いなく寓話でしょう。しかし、実践に勝る教えは無いという点やその他において真理を語っています。従って重要なのです。
CyberBaba |  2010年10月24日(日) 22:23 |   |  コメント編集

経典は身体の中に

真理は、誰が言ったかは問題ではない。誠にその通り。隣のおじさんが言ったのだっていいのです。それが、自己の実存の問題を解決できるヒントになるならば。そして、それを使って苦しみを乗り越えられるかどうか、自分の身体で確認すればいいのです。経典の中の文章は、死んだ知識です。「身体の中に経典は書かれているが、それは文字では書かれてはいない」のです。
猫ちゃん |  2010年10月26日(火) 04:29 |   |  コメント編集

Re: 経典は身体の中に

猫ちゃんさん

はじめまして、コメントありがとうございます。

全くおっしゃるとおりです。隣のおじさんだろうが犯罪者だろうが、誰が言おうと真理は真理です。世の中には誰が言ったかを重要視する人が多すぎると思います。あの人が言っているから正しい、あの人が言っているから間違いとかです。

誰が言ったかではなく、それが真理かどうかを確認するには、おっしゃるとおり自分に訊くしかないと思います。
CyberBaba |  2010年10月27日(水) 04:25 |   |  コメント編集

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2010年10月28日(木) 10:02 |   |  コメント編集

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲TOP

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://cyberbaba.blog57.fc2.com/tb.php/105-8735ac62

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲TOP

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。