QLOOKアクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告  |  ↑Top

2010/02/03 (Wed) 21:00

智恵の道と慈愛の道

悟りとは、智恵と慈愛の完成です。
智恵とは観察力と洞察力、慈愛とは全ての生き物の幸せを願うことです。

人にはタイプがあり、
智恵の道を修行した方がやりやすい人と、
慈愛の道を修行した方がやりやすい人がいます。
(もちろん大雑把なわけ方です。)

智恵の道は主に瞑想です。独りでいることが好きな人に向いています。
慈愛の道は主に奉仕です。人といることが好きな人に向いています。

もちろん両方バランスをとること必要なのですが、
実際にはどちらかのタイプに偏っている人が多く、
バランスをとることは難しいでしょう。

今まで瞑想について多くを書いてきましたが、
それでもやっぱり瞑想は苦手だと思う人は、
たぶん慈愛タイプに人なのです。
そういう人や奉仕や布施を行うと良いでしょう。

今後慈愛についての記事を増やしていく予定です。

関連記事
スピリチュアリティの本質
魂はひとつ(ハヌマーンの言葉)

瞑想・慈愛  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)  |  ↑Top

Comment

No title

こんにちは!今回のお話し、すごく気に入りました!
悟りに二つの道があって、一つが瞑想で、もう一つが奉仕だなんて、
考えたことがありませんでした。

私はある時点から、一人でいることが大好きになりました。
それから奉仕は、昔から自分のとても重要な部分を担っているようで、
仕事としても、選択しています。

しかしながら、私はまだまだ自分が何かボンヤリしている感じで、
ピントが合っている実感が湧きません。
そこらへんが、私の探求するべきエリアなのだと思います。

これからも、CyberBabaさんの記事、楽しみにしています!
fur |  2010年02月05日(金) 11:56 |   |  コメント編集

ありがとうございます

furさん

ありがとうございます、気に入っていただけて嬉しいです。

記憶が曖昧なのですが、オショウ(ラジニーシ)は、瞑想の道、愛の道と言っています。ヘッドタイプに人は瞑想に向き、ハートタイプの人は愛に向くと言っています。ヘッドタイプの人は最初に疑う人、ハートタイプの人は最初に信じる人です。そして、違う道を行くと失敗するというようなことを言っています。

私の観察によると、瞑想に向く人と奉仕に向く人は確かにいます。瞑想合宿などでも沈黙をあまり守らず、人と交流したりして瞑想はそんなに進んでいなくても、人間的には素晴らしい人もいます。瞑想が相当進んでいても、人間的にどうかと思う人もいます。

智恵も慈愛も両方当然必要なのですが、どうもタイプがあることは間違いないようです。自分がどちらのタイプかを見極めて、得意な方を伸ばし、苦手な方もいずれはできるよう、その心がけのきっかけとなればと思いこの記事を書きました。

記事本文にある「関連記事」を読んでいただければ、そのあたりの参考になると思います。

今後慈愛関係の記事を増やしていく予定なので、ご愛読よろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2010年02月05日(金) 21:17 |   |  コメント編集

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲TOP

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://cyberbaba.blog57.fc2.com/tb.php/126-32820200

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲TOP

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。