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2010/02/13 (Sat) 21:00

奉仕・布施は何をすればよいか?

以前智恵の道と慈愛の道で、人と交わることに好きな人は、
瞑想より奉仕・布施をすることの方が向いていると書きました。
今回は奉仕・布施とはなにをすればよいかについてです。

布施の方法はいろいろな分類方法がありますが、まとめてみると、
物施・身施・法施に分けられると思います。

物施とは、お金や物を与えることです。

身施とは、身体を使って相手のためになる行動をすることです。
いわゆる奉仕活動や、笑顔を与えること(顔施とも呼ばれます)も身施になります。

法施とは、法を与えることです。
法とは仏教だけに限らず、生きていく上で重要な道理を説くことです。
口頭か文章かなどは問いません。

これらの内、何を行うのが最上かと言うと、
一般には法施、身施、物施の順で優れているとされていますが、一概にそうとも言えません。
自分でできることと相手が必要なこととの相互関係によって変わってきます。
臨機応変に行うことが重要です。
法施が優れていると言っても、釈迦に説法や馬の耳に念仏では何の役にも立ちません。
ですから慈愛にも智恵が必要なのです。

奉仕・布施はやろうと思えば誰にでもできます。
(実は瞑想もやろうと思えば誰にでもできますが・・・)
物施・身施・法施のうち先ずはできることからやり、
徐々に苦手なこともできるようにするのが良いでしょう。

瞑想・慈愛  |  トラックバック(0)  |  コメント(8)  |  ↑Top

Comment

相手の気持ち

こんばんは。まさにその通りだと思います。これはされる立場で考えてみるとよくわかりますね。私の場合だと、大きく二つのケースがあります。大きなお世話の時と、痒いところに手が届ので感心する時です。前者は酔っ払いのお説教や怪しげな団体の笑顔のように「エゴ、自己満足」の世界です。後者は相手の気持ちがよくわかる「慈愛」の世界です。私が苦しい時はそれとなく慰めてくれます。いい気になっている時は、諭してくれます。また、ぼんやりしてる時はタイミングよく気づかせてくれます。これは不思議なのでそういう方に直接伺ったことなのですが「慈悲の気持ちがあれば相手の気持ちがよくわかる」そうです。ちなみにごくごく普通の方ですが、その意味では臨機応変に対応できない、単なる大きなお世話や無駄話は真の「慈愛」とは言えないのかもしれません。
しんちゃん |  2010年02月14日(日) 00:02 |   |  コメント編集

Re:相手の気持ち

しんちゃんさん

いつも深い洞察ありがとうございます。

相手の気持ち、まさにその通りですね。
その視点が本文の記事に欠けていました。
智恵で観ようとする以前に、慈愛で感じるものなのでしょうね。

ありがとうございます。
CyberBaba |  2010年02月14日(日) 01:40 |   |  コメント編集

布施と執着

こんばんは。折角ですので、もう一度問題点を整理したいと思います。我が子にお菓子を与える気持ちで赤の他人様に果たしてしてあげられるか?が大変な問題点だと思います。またまた、私事で恐縮ですが、最近路上生活者の人達に衣服をあげたことがあります。この冬はしんどいでしょうから。しかし、やはりあげる段階で考えざるを得ませんでした。なぜなら、「どうせなら自分の大切なものを有効に使ってほしい」と考えたからです。捨てていいものならこのような問題は生じません。どうでもいいものだからです。本来自分が使用したい気持ちがあるものを相手に与えるのが、奉仕や布施だと思ってます。その時考えさせられたのは、例えば「そもそも衣服とは何か?何故にあるのか?」ということでした。ブランドものより、防寒に優れたものの方がこういう場合あげるに値します。同時にかつて見栄でブランドものを買ったした自分のアホらしさも反省材料になりました。もちろん、どのように分配すれば効果的かも考えざるを得ませんでした。だから、赤の他人様に見返りを求めずして、自分の大切なものを与える。という段階でそれに付随して「ある種の智惠」も必然的に働くまたは機能する。とは言えないでしょうか。ただあくまで個人的な経験からなので、一般化してしまうのもどうかとは思いますが。
しんちゃん |  2010年02月14日(日) 20:55 |   |  コメント編集

Re:布施と執着

しんちゃんさん

またまた鋭いコメントありがとうございます。
自分自身のことを思い返して反省をしています。

赤の他人と我が子を差別しないようには心がけていますが、実際には難しいですね。差別はなくても区別はあるというのが最大の理由ですが、やはりそれだけではないことは認めざるを得ません。

また、した布施より、しなかった布施を思い出しました。外国ではよくあることですが、金や物を乞われて断ったことです。あとから思い返すとただの物乞いではなく、本当に困っていたのだなと思います。外国、とくにインドでは乞われるままに与えるわけにはいかないのでいたしかたなかったのですが、もっと相手を見るべきだと今でも悔やみます。

布施というのも突き詰めると本当に難しいと改めて思いました。
CyberBaba |  2010年02月15日(月) 01:16 |   |  コメント編集

先日はありがとうございました

新参者ながらコメント失礼致します。

物施
身施
法施
と、それぞれなんと読むのか教えてくださいませ。

法施は、どなたからか教えて頂いたことを、自分の身の回りの人に伝えることもそうなのでしょうか。


Hana |  2010年02月15日(月) 20:01 |   |  コメント編集

こんばんは

Hanaさん

こんばんは、コメントありがとうございます!

読み方ですが、もう一度ネット検索してみました。
物施は読みが出てきませんでしたが、「ぶっせ」だと思います。
財施(ざいせ)という言い方もあるようです。
身施は「しんせ」です。
法施は「ほうせ」という読みと「ほっせ」という読みが出てきました。

人から教えてもらったことを周りの人に伝えるのも法施でしょう。
ただし、ただの受け売りでは効果が薄いでしょう。
それより自分の体験や理解を伝える方が有効かと思います。
または本をあげるのも良いかもしれません。

ところで失礼ながら、先日とはいつどこででしたでしょうか?
どなたかはっきり判らなくて申し訳なく思っておりますので、
もう一度コメント等をいただけないでしょうか?
非公開コメントでもメール送信フォームからでも結構です。
よろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2010年02月15日(月) 22:18 |   |  コメント編集

サイババさま

お返事ありがとうございます。

わたくしのBlog記事にてヒンディー語のアドバイスのコメント頂きました、Hanaindです。

ちゃんと自己紹介もできず大変失礼いたしました。

Hana |  2010年02月16日(火) 03:40 |   |  コメント編集

わかりました!

Hanaさん

お返事ありがとうございます、わかりました!
ブログ時々拝見していました。
私もインド好きで、ミクシィ名はなんとShivaにしてます。
また読みに行きますので、今後ともよろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2010年02月16日(火) 07:37 |   |  コメント編集

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