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2010/03/17 (Wed) 21:00

善心と悪心

前回善悪と幸不幸で善とは幸福に向かう力で、悪とは不幸に向かう力だと書きました。
もしそうだとすると、(別の解釈もあるでしょう)、
善心とは幸福を願う心で、悪心とは不幸を願う心であると言えます。
(何が幸福で何が不幸かという問題は保留しておきます。)
言い換えると善心とは本当の意味での愛の心で、悪心とは憎しみの心です。

しかし、善心と悪心はやはりはっきり区別できません。
なぜなら、ある生命の幸福は他の生命の不幸という状況もあるからです。
また同じ生命に対しても幸福を望む気持ちと不幸を望む気持ちが、
混ざっている場合もあります。

もうちょっと具体的に考えてみましょう。
ある人の不幸を願っているとします。
それはその人が不幸になれば自分が幸福になれると考えているとします。
そうなると相手に対しては悪心でも、自分に対しては善心なのです。

あるいはその人が不幸を味わうことにより良い幸福に近づけると考えているとします。
その場合は相手に対して悪心と善心両方を持っていることになります。

悪心をもっている場合、通常必ず何らかの意味で幸福に繋がると考えているはずです。
つまりあの人が不幸になれば自分の幸福になるとかです。
従って悪心だけの心というのは通常ないのです。
しかし、善心だけの心というのは存在します。
幸福を願う心が善心だとすると、
生命というのは根本的に善心を持っていると考えられます。

シリーズ記事
悪を知らねば善はない
善悪と幸不幸
善心と悪心
善なる心と智恵
幸福とは何か?

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