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2010/03/31 (Wed) 21:00

マハシ式ラベリングの限界

今回は話が飛んで、マハシ式ヴィパッサナーのラベリングの限界についてです。
マハシ式ヴィパッサナー瞑想では、
一番大きな気づきを、1、2秒くらいの間隔で、頭の中で言語化します。
これをラベリングと呼び、マハシ式ヴィパッサナーの大きな特徴です。

しかしこれには限界があります。
本当は限界ぎりぎりまでラベリングを徹底的に行って、
ご自分でどうすれば良いかを発見していただくのが良いのですが、
少しだけ書いておきます。

ラベリングが限界に達する理由を3つ挙げておきます。
1.気づきの速度が速くなり、ラベリングが間に合わなくなる
2.気づきの質が広く深くなり、適切な単語が見つからなくなる
3.ラベリングのプロセス自体に気づいてしまう

次に対処方法を書いておきます。
1.ラベリングが間に合わなくなった場合は適当に間引きします
2.適切な単語が見つからない場合は、「気づいている」「感じている」など、
 適当な単語でラベリングします
3.ラベリングのプロセス自体に気づいたら、そのプロセスを自分の方法で十分観察し、
 それができるようになったら、ラベリングのプロセスについてのラベリングは省略します

しかしそれでもまたさらに限界がやってきます。
なぜならラベリング自体が一種の思考であり、行為だからです。
そこまで達すると、ラベリングなしで自然に多くのことに気づけるようになります。
マハシ式ヴィパッサナーをやっておられる方は、先ずはそこを目指すと良いでしょう。
(実際には、ラベリングありとなしの繰り返しの末、そこに達するでしょうが)

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瞑想・慈愛  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)  |  ↑Top

Comment

この記事の内容はマハシ式ではありません。

ラベリングについては初心者の導入のための説明であり、マハシは頭の中で言語化しろとは説いていません。
あくまで、念じる(sati)のであって、言語化するのではありません。
だから、もともとマハシ式に限界があるわけではありませんし、マハシ式が特に言語化を強いているわけではありません。
マハシの根拠は、シャカの「gacchanto va gacchamiti pajanati」
等であり、「歩いているときは歩いていると知る」です。
つまり、ラベリングはラベルを貼るというような言語化ではなく、現在の状態を知るという意味です。
マハシの本にもそうあります。違うとお思いならばマハシの坊さんに聞いてみてください。
ほんとうにマハシ式をしたことありますか? |  2012年01月22日(日) 16:05 |   |  コメント編集

Re: この記事の内容はマハシ式ではありません。

コメントありがとうございます。

それをご存知なら結構です。

ただ一般的にはラベリングがマハシ式と思われていて、実況中継(言語化)することが瞑想です、と説く方が多いのでこの記事を書いたわけです。
CyberBaba |  2012年01月22日(日) 19:26 |   |  コメント編集

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