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2010/06/26 (Sat) 21:00

悟りに抵抗がある人へ

最近あらためて気づいたことなのですが、
悟りという言葉に抵抗がある人、結構多いようですね。
確かに、悟りを開いたとか、あの人は悟っているとか、
なにか大袈裟かつ偉そうで、にもかかわらず馬鹿げた感じもします。
(ちなみに悟りを開いたとういう表現は日本語としておかしいです)

悟りとは何か?と言えば、
広い意味では(小悟)は何でもいいから何かに気づき実感として理解すること、
狭い意味では(大悟)は自分の本質に気づき実感として理解することです。
そして大悟すると一切の苦を滅することができるとされています。

しかしやっぱり悟りという言葉が気にいらない人は、
単に苦を滅すると考えればよいと思います。
小さい苦がなくなることが小悟、全ての苦がなくなることが大悟です。
そして日々苦をなくす努力をすることが修行です。
一つ苦をなくせば一つ悟ったのです。
そして全部の苦がなくなれば本当の悟り、つまり大悟です。
そして大悟したときは自分の本質も理解することができる。
こんな風に考えてはいかがでしょうか?

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