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2010/07/28 (Wed) 20:00

菩提心

菩提心の菩提とは、語源的にはbodhi=目覚め・覚りから来ていて、
また智慧を表しますが大乗仏教的菩提心にはもっと広く深い意味があります。
(bodhiのさらにもっと語源については、過去記事仏教の語源をご参照ください。)

菩提心とは2つの意思が統合された心です。
・自分が覚ろう、苦を滅しようとする心。智恵。
・他の生命を幸せにしよう、苦を取り除いてあげようとする心。慈悲。

智恵と慈悲というのは仏教の根本ですが、
修行を始めるにまたは継続するにあたって、この菩提心というのは重要です。
(仏教の根本については、過去記事スピリチュアリティの本質をご参照ください。)
自分が覚ろうとする意思と他の生命を救おうという意思と、
片方だけではなく両方が必要です。

もっと言えば両方必要というより、両者は不可分なのです。
自分一人が覚って苦を滅しようとしても、
周りの生命が苦しんでいては自分自身の苦も完全にはなくならないし、
他の生命を救おうとしても、
自分が不幸で智恵もなければ救うことはできません。

菩提心というのは大切ですが、聖者だけが持てる特別な心ではありません。
誰でも自他ともに幸福になり、向上していきたいという気持ちは持っています。
しかし菩提心は忘れられがちで、持続させるには意思が必要です。
菩提心、つまり智恵と慈悲の両方を常に忘れないようにしましょう。

瞑想・慈愛  |  トラックバック(0)  |  コメント(8)  |  ↑Top

Comment

No title

こんにちは!

菩提心とは2つの意思が統合された心です。
・自分が覚ろう、苦を滅しようとする心。智恵。
・他の生命を幸せにしよう、苦を取り除いてあげようとする 心。慈悲。

確かにそうだと思います。
菩提心とは 悟り を求めるこころ と普通言われるかも知れませんが、悟リ とは何かというと 無常とか無我 縁起 空 といったことを体得することとすると、自分だけ というのは ありえないですよね。

ただ 言うは易し で 実践 となると 困難ですね。少しずつ進めなければいけないけど、どんな風に進めたらいいでしょうか?
ウタカタ |  2010年07月29日(木) 07:51 |   |  コメント編集

言うは易し

ウタカタさん

コメントありがとうございます。
菩提心を持ち続けることは意識していればそれほど困難ではありませんが、無常とか無我、縁起、空といったことを体得するのは難しいですね。方法としてはやはり物事や自分自身をあるがままに観ること、つまりヴィパッサナーしかないと思います。

順番としては先ず無常を観ることでしょう。これは当たり前のことなので、物事の移ろいを執着なく敏感に観ていれば誰でも解ることだと思います。

次は縁起でしょうね。物事の因果関係を理性的に観察すれば、比較的容易に体得できるのではないでしょうか。

無我と空は同じことだと思いますが、これを実感するのは困難だと思います。やはり自分は確固として存在していると思ってしまいますから。これを体得するには詳細なヴィパッサナーが必要だと思います。
例えば水を飲むという一つの動作にしても、大雑把に言っても、喉の渇きを感じる、水を思い出す、飲みたいと思う、コップを探す、コップを認識する、コップに手を伸ばそうとする、手を実際に伸ばす、水を探す、蛇口をひねろうとする、手を伸ばす、ひねる、コップを蛇口に運ぼうとする、運ぶ、蛇口を閉じようとする、閉じる、手を引っ込めようとする、引っ込める、コップを口に運ぼうとする、運ぶ、コップを傾ける、口に入れる、嚥下するなど、とてもいろいろな心や体の働きがあります。
そしてまたそれらを認識している自分がいます。それら全部が自分ではなく、空だと実感したとき、初めて無我と空を実感できるのではないでしょうか?

このような心と体の詳細な観察が必要だと考えられます。
CyberBaba |  2010年07月29日(木) 21:43 |   |  コメント編集

No title

CyberBabaさん コメント ありがとうございます。

菩提心ということは 生きる目的 あるいは方向性を含んでいるかなと思いますね。無常とか無我というのは状態の記述であって 単にそれだけのような感じです。

積極性があり いいな! と思う反面 なにか 少し抵抗も感じる菩提心 ですね。
そうそう 悟り に感じるのと同じでしょうか!

いずれにしろ 自己観察が大切ですね!自己観察しないとエゴに丸呑みにされてしまいます。(殆んど丸呑まれ状態です)

それと やはり 苦 という 事実でしょうか、菩提心の原点は?




ウタカタ |  2010年07月30日(金) 07:45 |   |  コメント編集

No title

ウタカタさん

ありがとうございます。

無常とか無我というのは単に状態の記述であるというのはおっしゃるとおりだと思います。

菩提心や悟りという言葉に対する抵抗感ですが、人によってはあると思いますし、人によっては強く感じる人もいると思います。また人によってはこういう言葉でなければ受け入れなかったり、極端な場合は言葉を崇めてしまったりします。それはいわゆる宗教色が強く、手垢のついた言葉だからでしょう。

菩提心とはモチベーション、動機とでも言った方が良いでしょうか。動機が大切で、それを持ち続けることが大切だとでも言いましょうか。少しニュアンスは変わりますが、向上心とも言えるかもしれません。

菩提心の原点は苦という要素が強いと思います。幸福になりたい、幸福にさせたいという動機ですから。人によっては真実、真理、あるがままの事実、本当の自分・世界を知りたいという人もいると思います。

いずれにしろ自己観察が必要というのはおっしゃるとおりだと思います。しかしこれも人によっては抵抗感を感じるようです。神の御心のままにというキリスト教系の人とか、観ることではなく空に成り切ることだという禅系の人は抵抗感を感じるようです。どのような用語を使えば抵抗感が少なく理解しやすく受け入れられるかというのは難しい問題です。万人に受け入れられる用語や解説は存在しないのが難しいところです。
CyberBaba |  2010年07月30日(金) 18:39 |   |  コメント編集

No title

CyberBaba さん

 コメント ありがとうございます。

   菩提心とはモチベーション、動機とでも言った方が良いでしょうか。
   動機が大切で、それを持ち続け ることが大切だとでも言いましょうか。
   少しニュアンスは変わりますが、向上心とも言えるかもしれません。

なるほど!これなら 違和感ありませんね。菩提心 には何か崇高な感があり、言葉に負けてしまいそうですが
こういうことだと思えば親しみがでます。

仏教のエッセンスは 古い 大袈裟 といった風に捉えられがちですが、実は非常に日常的で日々に必要なことなんですね!




ウタカタ |  2010年07月31日(土) 10:23 |   |  コメント編集

ありがとうございます

ウタカタさん

貴重なご意見ありがとうございます。
用語には結構気を使っているのですが、自分ではなかなか気づけません。そのうち全文を書き直して清書しようと思っているので本当に助かります。ありがとうございました。
CyberBaba |  2010年07月31日(土) 22:32 |   |  コメント編集

No title

CyberBaba さん

 コメント ありがとうございます。こちらこそ大変気づかされます。

菩提心という崇高な響きも大切にして、決してそれが手に届かないものでない ことを自覚して行こうと思いました。

記事の内容に関しても惹かれますが、さらに基本的考え方というか根本的な姿勢も すばらしい ブログ運営ですね!!

今後もよろしくお願いします。他の記事も読ませてもらいます。
ウタカタ |  2010年08月01日(日) 09:00 |   |  コメント編集

よろしくお願いいたします

ウタカタさん

ありがとうございます。
今後ともご愛読、ご教授よろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2010年08月01日(日) 21:23 |   |  コメント編集

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