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2010/12/25 (Sat) 20:00

レイヤー的ものの観方

前回瞑想でものの観方が変わるという話を書きましたが、
それに関連して今回はレイヤー的ものの観方という話です。

レイヤーとは階層構造のことです。
コンピュータープログラミングなどに詳しい方はピンとくると思います。
典型的なのはインターネットプロトコルレイヤーです。
しかしインターネットプロトコルでは例として専門的過ぎるので、
もう少しわかりやすい別の例を示します。

例えばコンピュータの文字情報です。
一番下のレイヤーでは、文字は0と1に変換され、
電荷の+-や磁極の向きや光の反射率などの物理状態として記録されます。
その上のレイヤーでは文字は文字コードとして記録されます。
そして一番上のレイヤーでは文字は文章として意味を持ちます。

それぞれのレイヤーは互いに関連はありますが、
それぞれ別の世界に属していて、
それぞれ別の秩序、規則、法則、情報があります。

大雑把な表現をすれば、物事を詳細に見ていって、
最終的には物理状態なのだから文字情報には意味がない、
そういう観方がテーラワーダ(仏教上座部)的ものの観方で、
逆に文章の意味に注目し、
物理情報などは文字情報の本質ではないのだから物理情報など意味がない、
そういう観方が大乗仏教やスピリチュアル系的ものの観方だとも言えると思います。

よくテーラワーダでは、花を見て美しいと思うのは妄想だ、ただ色と認識しなさいとか、
声を聞いたらただ音だと認識しなさい言いますが、
これは一番下のレイヤーだけに着目したものです。
しかし眼や耳で受け取った情報には別のレイヤーの情報も含まれています。

もし花が美しいと思うのが妄想なら仏壇に花を供えるのはナンセンスですし、
声が単なる音ならば、ただ音だと認識しなさいという言葉そのものが何の意味も持たず、
言っていること自体が自己矛盾しています。

逆に花の美しさや言葉の意味だけに捉われ、
それを過大視し、下のレイヤー情報を無視するのも偏ったものの観方です。

それぞれのレイヤーは別の情報を持っているという、
多元的ものの観方が正しいものの観方であり、
正見であり中道であるといえます。

関連シリーズ記事
統合的アプローチ、分類的アプローチ
レイヤー的ものの観方
水平的多角的ものの観方

瞑想・慈愛  |  トラックバック(0)  |  コメント(6)  |  ↑Top

Comment

No title

とてもわかりやすい話ですね。
トータルに、あるがままに観る。
まさに正見、中道だと思います。
とおりすがり |  2010年12月25日(土) 21:39 |   |  コメント編集

ありがとうございます

とおりすがりさん

ありがとうございます!
今後ともご愛読よろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2010年12月26日(日) 00:32 |   |  コメント編集

他者への共感

物の見方について、いつも分かり易く説明していただいて、ありがとうございます。私も一時期「音、音」とやっていた時もありましたが、今はやめました。確かに、怒りの強い人間に対応するのに、この方法を使うと、自分自身、怒りに巻き込まれることが少なくなりますが、他者に共感する心が希薄になるような気がします。怒りの強い人は、その人なりの鬱屈を抱えているのでしょう。場合によっては、「うん、分かるよ。そういう事って、怒りたくもなるよね」と共感してあげた方が、いい場合もあるのではないでしょうか?「音、音」とやっていたときの、自分がどんどん無機質になっていくような感覚、ちょっとどうかな、と思いました。
猫ちゃん |  2010年12月26日(日) 06:49 |   |  コメント編集

Re: 他者への共感

猫ちゃんさん

こちらこそ貴重な体験を教えていただいてありがとうございます。

共感、苦への対応(この場合は怒り)、縁(他人との関係性)、このあたりはプラユキさんが特にお得意とされているところです。そのあたりはまたプラユキさんに聞いていただくとして、私はちょっと別の角度から。この記事の本文は垂直的多次元的ものの観方についてでしたが、水平的多角的ものの観方について少し。

そういう怒りなどに接したときにどう対応するか、いろいろな観方があると思います。共感してあげる、音だと割り切り距離をおく、諌める、他にもあると思います。どれを選択するかについてはたぶん絶対的な正解はないのだと思います。今回の記事は垂直的に観るということでしたが、この場合は水平的に多角的に観るということが必要だと思います。つまりそれぞれの対応について長所・短所を検討して、どの選択がお互いのためになるのか?ケース・バイ・ケースでいろいろ違ってくると思います。

ちょっとおもしろいテーマなので、次回の記事は水平的多角的ものの観方で書いてみることにします。また、縁(他人との距離感)についてもいずれ書いてみたいと思います。

ネタの提供ありがとうございます^^
また、いつも釈迦に説法で失礼いたします。
CyberBaba |  2010年12月26日(日) 09:05 |   |  コメント編集

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 |  2010年12月26日(日) 13:53 |   |  コメント編集

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