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2011/02/12 (Sat) 23:00

心の修行とは何か、なぜ必要か

今回は素朴な疑問、心の修行とは何か、なぜ必要かについてです。もうすでに瞑想をしている人やこのブログをいつも読んでくださっている人には当たり前のことだと思いますが、あらためて訊かれると上手く説明するのは結構難しいと思います。筆者もあらためて簡単に説明しようとすると上手くできないので、今回整理してみることにしました。
practice.jpg

上の図を見てください。心の修行の体系を図式化したものです。他の体系化もあるとは思いますが、このブログではこの体系を基に解説をしています。

図にもあるように、心の修行はバランスの取れた人格形成を目指しています。いや違う、空を観じて悟ることだなどの反論もあるでしょうが、あくまでも悟りとかに興味のない一般の人向けの解説です。

バランスの取れた人格とは、自己の成長と他者への思いやりによって成り立ちます。自己の心の成長は主に瞑想修行によって、他者への思いやりは主に慈愛修行(慈悲修行)によって育まれます。ここで重要なのは、瞑想も慈愛も両方バランスを取るということです。もちろん人によって偏りはあるでしょうし、今現在どちらに重点を置いているか状況によって変わるでしょうが、最終的にはバランスを取るようにすることが大切です。なぜなら自分だけ幸福になろうとして自己の成長だけを目指しても、物事は他者との関係性ですから一人だけ幸福になることはできませんし、他者の幸福を願っても自分がしっかりしていなければ実現させることは困難だからです。

慈愛の修行は様々あるのでここでは割愛します。瞑想修行の方をもう少し詳しく見てみましょう。

瞑想修行は主に心を安定させる瞑想であるサマタ瞑想と、智恵・洞察を得るためのヴィパッサナー瞑想に分類できます。具体的な手段としては、サマタ瞑想は主に精神統一であり、ヴィパッサナー瞑想は主に自己観察です。そして心を安定させて自己観察をすることにより、究極的には生命とは何かを洞察して、自分も他者も苦から解放させることを最終目的にしています。

しかしそんな究極まで至らなくても多くの効果があります。心が安定して洞察力が増せば、いろいろな状況に対する対応力がつくのは自明でしょう。思ったほど簡単には説明できませんでしたが、心の修行とは何か、なぜ必要かが大体解っていただけたと思います。

参考記事
スピリチュアリティの本質
智恵の道と慈愛の道
サマタとヴィパッサナーの定義
瞑想学基礎
慈愛とは何か?
汝の敵を愛せよ
慈愛にも智恵が必要

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