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2011/12/16 (Fri) 14:30

男、女と見る前に

最近あらためて気づきましたが、人を見るときに、相手を人間として見る前に、先ず男、女として見る人が多いようですね。それはある意味仕方ないのですが、男、女とカテゴライズして枠に嵌める見方は正しい見方(正見)とは言えないでしょう。もちろん男性には男性のものの見方・考え方の傾向があり、女性には女性のものの見方・考え方の傾向がありますが、よくよく見れば個人差がかなり大きく、枠に嵌め込むことができない場合が多いことが判ります。

また宗教や職業に関しても同様です。あの人は何々という宗教をやっているからこういう人、こういう職業・肩書きだからこういう人、そういう決め付けをする人もいますが、それは自分の持っているその宗教なり職業なりのイメージ(それも勝手なイメージの場合が多いですが)、そのイメージを相手に投影しているだけで、実は相手を全く観ていないというケースが多々あります。

筆者はそういう決め付けをされることがよくあります。人の生き方についてなどの話をしていて、お互い良い雰囲気で会話を交わしているいるとき、ところで職業は何ですかと訊かれ、スピリチュアル・コンサルタントですとか宗教関係ですとか言うと、さっと態度が変わる人がいます。それまできちんと意見交換をしていたにも関わらずです。

こういうステレオタイプで相手を決めつけることをジャッジすると言いますが、心理学の世界などでもジャッジは相手に対しても最も失礼であり、自分自身のものの観方も狭めてしまい歪めてしまうので、絶対に避けるべきことだとされています。

相手がたとえカルト宗教に信者であっても、犯罪者であっても、逆に伝統宗教の聖職者であっても、大企業の社長であっても同じことです。接してみるとやっぱりこういう人かと思う場合も多々ありますが、それだけではないし、初めから決め付けするべきではないでしょう。さらに言えば、やっぱりこういう人だったとしても、なぜこういう人になったのかを理解しようとすることが、本当に相手を理解するということでしょう。

もちろん性別、宗教、職業などである程度の傾向が分かりますし便利ではあります。しかしそれは副次的なものに過ぎないという認識が必要です。人間は誰でも多面性を持っていて、またいつも同じではありません。人間は己れ自身を知ることさえ難しいのです。まして他人のことはもっと難しいのです。

相手を男、女として見る前に、宗教、職業などで判断する前に、トータルに人間として観る心がけが必要です。こういう心がけは心の習慣・癖なので、意識しないとなかなか変えることができません。今度誰かと接した時、自分はどういう風に相手を観ているのか、その自分自身の心の動き(ファンクション、プロセス)を観察してみることをお勧めします。

シリーズ記事
男、女と見る前に
人間関係に線引きすることについて
嫉妬、束縛、浮気、別れ

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