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2011/12/29 (Thu) 19:00

ついて良い嘘、悪い嘘

仏教の八正道の正語をはじめ、ほとんどの宗教で嘘は禁じられています。原則として嘘をつくのはいけない事であるのは自明だと思いますが、では嘘は全て悪いのかというと、そうとも言い切れない部分もあります。今回はついて良い嘘と悪い嘘について考察してみます。

先ず嘘を2つの分類法で分類してみます。1つは自分のための嘘と他人のための嘘です。もう1つは悪意と善意です。

原則として、自分のための嘘はつくべきではありません。しかし他人のための嘘なら許される場合があります。例えば、認知症の介護の現場では、認知症の人があらぬ事を言ったとしても決して否定してはいけないそうです。「芸能人の誰々さんがさっきいたねぇ。今見えないけどどうしたんだい?」と言われたとしたら、「誰々さんなんて元からいなかったよ。」とは決して言ってはいけないそうです。パニックに陥ってしまい、大変なことになるそうです。正しくは「ああ、今さっき帰りましたよ。」などと対応しなければならないそうです。こういう嘘はついて良い嘘、あるいは嘘のうちに入らないでしょう。相手が認知症でなかったとしても、真実を告げることによって受けるショックが大きすぎると思った場合は、嘘が許されるでしょう。ただし、一時的にショックを受けたとしても、真実を言ってあげた方が良い場合もあります。従って他人のためだからといって何でも嘘が許されるわけではないでしょう。嘘をつく場合には智恵が必要になります。また場合にもよりますが、お世辞はやはりついてはいけない嘘の部類に入るでしょう。

次に自分のための嘘ですが、原則として嘘をつくべきではありませんが、相手に悪意がある場合には許される場合があるというのが筆者の考えです。例えば、言いたくないプライバシーについて、興味本位やあるいは弱みを握ろうとして追求してきた場合です。その場合に適当な答えをするのはまあ許されるというのが筆者の考えです。

では嘘がなぜいけないのでしょうか?1つは混乱を招くからです。もう1つより大事な理由は、嘘をつかない人と嘘をつく人を比べてみればよく解ります。嘘をつかない人は誠実な印象、あるいはカラっと明るい印象を人に与えます。嘘をつく人は信用できない印象、あるいはじとじとした後ろ暗い印象を人に与えます。もちろん大雑把な傾向ですが、そういう傾向があることは確かです。それは心の内面が外面に浮き出てきてそういう印象を与えるのです。つまり嘘をつく人は自らの心を汚し、嘘をつかない人は自らの心を清めているのです。

原則として嘘はつくべきではありません。全部本音で言えたらこれほどサッパリして楽な事はないでしょう。しかし現実問題として、上記のように嘘が許される場合もあるというのが筆者の考えです。ただし嘘をつく場合は智恵をフルに使って、正当な理由を見出した時に限るというのが筆者の考えです。迷った場合は何も言わないというのが正しい選択肢である場合も多々あります。参考になれば幸いです。

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