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2012/06/10 (Sun) 23:00

ブッダを乗り越える

ブッダを乗り越える。今回は大きく出ました(笑)。どういう意味かを解説していきます。

親孝行の内最大のものは、親の教えを基礎にしながらも、自分で体験し学び考え、親を乗り越えていくことだと筆者は考えます。親に頼り親の教えにただ従い、自分自身で判断できずいつまで経っても精神的に独立できない、こういうことは心ある親なら決して望まないでしょう。

ブッダについても同様だと思います。ブッダの教えを基礎にしながらも、自分で体験し学び考え、ブッダを乗り越える。もちろん本当にブッダを乗り越えることは不可能でしょうが、それでもそれくらいの気概がなければ、本当にブッダに対する親孝行だとは言えないでしょう。いちいちブッダはこう言っているからとか、ブッダの教えに絶対に異論を唱えていはいけないとか、それは思考停止であり、ファザコンまたは奴隷です。

ブッダは決して我々をブッダの奴隷にするつもりは無かったはずです。反対に自分自身で体験し学び考え、自分自身で判断できる、そういう人間になることを望んでいたはずです。それはブッダの遺言にも表れています。

ブッダが亡くなる時、弟子のアーナンダがブッダに尋ねました。
「ブッダよ、あなたが亡くなったら我々はどうしたら良いのでしょうか?」
ブッダは答えます。
「先ず法(ブッダの教え)を頼りにしなさい。」
これは法灯明と呼ばれます。
「次に自分自身を頼りにしなさい。もし私の教えと自分自身による体験・考察が異なっていた場合は、自分自身に従いなさい。」
これは自灯明と呼ばれます。

先ず法を頼りにする。つまりブッダの教えを基礎とする。そして次に自分自身を頼りにする。つまり応用です。そして法灯明と自灯明が矛盾する場合は、自灯明を優先させろとはっきり言っています。つまり自分の判断を信じなさいという意味です。決して盲目的にブッダの教えに従い、ブッダの奴隷になれとは言っていません。

この意味では、ある意味在家の方が有利で、出家の方が不利だとも言えます。出家には伝統を未来に伝えるという役目もあるからです。しかし出家であってもブッダの教えを基礎としながらも、自分自身の体験・観察・考察による判断を優先させた人はいます。例えばポー・オー・パユットー師です。出家にしても在家にしても、法灯明と自灯明の両方を実践する事は可能です。

ブッダは基本的に、己自身で苦を滅していくことを説いています。しかしそれで世界は平和になったかというと、そうではないことは歴史が証明しています。インドでは、いやインドだけでなくスリランカでもミャンマーでもタイでも仏教自体さえも一旦ほとんど滅んでしまいました。従来の仏教が完璧ではないことは明白です。プラユキ・ナラテボー師は、これはブッダが我々に残した課題だと言っています。つまり自分だけでなく他人も幸福にし、世界に平和をもたらす。これがブッダの残した課題であると言っています。そしてそれに貢献できれば、ほんの小さな部分でもブッダを乗り越え、ブッダに対する親孝行になると筆者は考えます。そのためにも自灯明、これが非常に大事だと筆者は考えます。


瞑想・慈愛  |  トラックバック(1)  |  コメント(9)  |  ↑Top

Comment

No title

素晴らしい教えだと思います。自灯明法灯明の順番、解釈をそのように書いてあるのはどの経典ですか?出典をお教え頂ければ幸いです。お釈迦さまが自分の教えが必要なくなったら捨ててもいいとおっしゃったのは聴いたことがあります。
yasuyoshi kouno |  2012年06月19日(火) 09:51 |   |  コメント編集

ありがとうございます

yasuyoshi kounoさん

コメントありがとうございます。
「ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)中村元訳」にあると思っていましたが、順番や解釈が本文とは違いますね。自灯明法灯明は第二章「九、旅に病むーベールヴァ村にて」の最後の方にあります。約1ページ半ありますが、メインの部分は「自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころにせずにあれ。」とあります。順番については特に書いていませんでしたが、法についてはよりどころにせよとあるだけですが、自分についてはどうたよりにするのか、比較的詳しく述べてあります。

ブッダが「自分の教えが必要なくなったら捨ててもいい」と言ったという話は筏のたとえとして、筏喩経(阿梨咤経)にあるようです。
http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/AritaKyou/AritaKyou.htm

本文はちょっと私の解釈が入ってしまいましたが、上記両者を総合すると、意味的にはだいたいあっていると思います。でもきちんと文献を当たるべきでした。失礼いたしました。
CyberBaba |  2012年06月19日(火) 23:48 |   |  コメント編集

No title

調べて頂き、どうもありがとうございました。
私も「ブッダ最後の旅」を参照しています。
また体験に照らしたり、人に聴いたり本を読んだりして、よく考えてみます。
yasuyoshi kouno |  2012年06月24日(日) 10:36 |   |  コメント編集

No title

えらそうに!!
金欲しいなら働けよ
ちゅう。 |  2012年07月05日(木) 13:09 |   |  コメント編集

aho@gmail.com ちゅう。さんへ

> 宗教を利用して金もうけですか。相変わらず卑劣な人格ですね。
> 皆様だまされませんように。

> えらそうに!!
> 金欲しいなら働けよ

> いい加減に働きなさい。ブッダより

> 人を騙すのはおやめ!!母より

> 恥をしりなさい。そこが見えてはずかしいです。
> お釈迦様にでもなったつもりかい。働きなさい。母より

> まじめに働きなさい。お前が何を説いても恥の上塗りだよ。
> 母より。今月は仕送りできないよ。

> お坊さんが泣いてるよ。恥を知り出家なさい。
> どんなアホでもやる気さえあれば救われるチャンスはあります

こんにちは。7通も連続してコメントいただきありがとうございます。

こういうコメントが来るということは、逆に言えばそれだけ認められて来た証拠なので、その点はありがたいです。

しかし匿名でこういう書き方をするのは、あなたにとって大変マイナスなことです。また的外れなことばかりで、的確なアドバイスが1つも含まれておらず、時間と労力の無駄です。こういう行いは必ず自分に返ってくると言われているので、おやめになった方が良いです。それに自分の心を汚すだけで何の得にもなりません。

先ず、あなたはブッダや母の名を騙っていますが、ブッダも私の母ももう亡くなっております。

金儲けということに関してですが、これによって全く儲かってはいません。依頼やお志で寄付などをしてくださる方がいらっしゃいますが、経費に全く足りません。依頼に関しても、徹底的にお付きあいするので、時給に換算すると500円にもならないことが普通です。これを働いていないとか金儲けというのは事実誤認です。

出家についてはもう何十年も前に出家はしないことしております。将来考えが変わる可能性はもちろんありますが、現時点では全く考えておりません。いろいろ理由はありますが、現代の出家はブッダの時代の出家とはだいぶ違っていることなどが主な理由です。

なお一連のコメントはスパムとして報告しておきました。
1つは報告と同時に消えてしまいましたが、あとはしばらく残ると思います。
恥ずかしいコメントとして晒しておきますのでご了承ください。
CyberBaba |  2012年07月05日(木) 14:26 |   |  コメント編集

なるほどー、勉強になりました。ありがとうございます(^ ^)
笹川桃代 |  2012年07月11日(水) 16:29 |   |  コメント編集

こちらこそありがとうございます

笹川桃代さん

そう言っていただけると嬉しいです。
ご覧のように批判もあるので励みになります。
ありがとうございます。
CyberBaba |  2012年07月12日(木) 19:39 |   |  コメント編集

頼りなさは自立への促し

私はグリーンヒルweb会と言う会に属して4年以上経ちました。ヴィッパッサナー瞑想をして4年過ぎてサマーディにも手が届く感覚を掴んでいます。しかし、瞑想会ではサマーディは役に立たないとも言い、反応系の心の修行の方が大事とも言われる。
しかし、瞑想会が言う程の反応系の心の悩みは自分で何処までも解決して来ており、善行為を積み上げることで乗り越えて来ました。
では自分は何を目指して行くのか?
瞑想の先生は「他人は無視しなさい」と言われ、また慈悲の瞑想をして修行する仲間を心から励ますことを言われましたが、今一つ納得しかねました。私は指導して欲しいからです。まだ未完成だから、良き人と交わりたいと望みました。
今日この日記を読ませて頂いて、「自分はその段階を過ぎたのだ」と、さとりました。法灯明自灯明。
ダンマはまだ不充分な学習しかしていません。しかし、仏教の目指すモノは「自立」なのですね。
教えていただき、ありがとうございました。
白樺修二 |  2012年08月08日(水) 21:41 |   |  コメント編集

Re: 頼りなさは自立への促し

白樺修二さん

貴重な修行経験をお聴かせいただきありがとうございます。
真摯に修行されてますね。
お役に立てたようで良かったです。

読ませていただいて「自立」の他にもう一つ思ったのですが、
修行が進んでいくと大切なことに、
「手放す事」「捨てる事」があると思います。
修行を始めたことはいろいろ知識を学んだりテクニックを身につけたり、
「手に入れる事」「集める事」が大切ですが、
修行が進んでくると逆に、
「手放す事」「捨てる事」が大切になるように思います。
そして最後は無に還る。
そんな気がします。

では、ご精進が進みますようお祈りいたします。
CyberBaba |  2012年08月10日(金) 08:35 |   |  コメント編集

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