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2009/03/18 (Wed) 21:00

ヴィパッサナーで観るもの

以前瞑想学基礎で述べたように、ヴィパッサナー(観の瞑想)は自己観察瞑想ですが、
自分の何を観察するのかという大きな課題についてです。

広い意味でのヴィパッサナーは、自己観察による気づきの瞑想ですから、
方法や観察対象は無限にあります。
またいわゆるヴィパッサナーとして日本に伝えられている方法は4種類あり、
それぞれ観察対象もさまざまです。

ここでは先ず観察対象を4つに分類します。
身体の感覚、身体の動き、思考、感情です。
(言動はこれらの複合体です。)

最も観察しやすい対象は、身体の感覚と身体の動きです。
これらが最も観察しやすいので、これらの観察から始めるのがやりやすい方法です。

次に観察しやすいのは思考と感情ですが、
思考や感情を観察すると雑念・妄想の嵐となる危険性をはらんでいてかなり困難です。
しっかりした指導者または方法に従って行うことが望ましいと言えます。

しかし観察を続けていると、
身体の感覚、身体の動き、思考、感情は無常であり、
また自分自身の本質ではないことが理解されます。

そしてもっと別のレベルのものが、
自分のうちに存在することが理解されます。
それは雰囲気です。
感情と似ていますが感情とも異なります。
雰囲気は人にとってとても重要な要素ですが、
これも無常でありどうやら自分自身の本質ではないらしいことが解ってきます。

では何が自分の本質なのか?
それは観察している者、気づいている者、意識と関係しているらしい、
または観察、気づき、意識の本質を洞察することが、
大きなヒントになるらしいことが理解されてきます。

古来ヒンドゥー教では純粋意識をプルシャと呼びシヴァ神で象徴し、
これが自己の本質であり永遠であるとしました。

クリシュナムルティは見る者と見られる者の合一という表現をしました。

見る者、気づいている者がヴィパッサナーで重要なことまでは確かなのですが、
それが何者であるのか、
それについては筆者はまだそのレベルに達していません。

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