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2008/12/03 (Wed) 21:00

般若心経の空の解釈

般若心経の空の解釈については元々は書くつもりはありませんでした。
書くつもりが無かった理由は、空の解釈本は沢山出版されていて、
一部の書物を除きどれも当たらずとも遠からずであろうことと、
自分自身空について頭では理解できるものの、
本当に悟った、つまり一切の苦を乗り越えたわけではないからです。

しかし般若心経について書いているにもかかわらず、
空について全く語らないのは中途半端なので、
自分自身の個人的解釈を書くことにしました。
しかしこれは分かりやすい一解釈に過ぎず、
自分自身別の解釈もあることをお断りしておきます。

空が何かについて一般的に言われていることは、
不変なる核となる実体が無いもの、つまり無常、無我なもののことです。
一つの解釈は、空とはエネルギーのことです。

「色即是空、空即是色」というのは簡単に理解できます。
アインシュタインが相対性理論で E=mc² と述べ、それが証明されたように、
物質である肉体、つまり「色」はエネルギーであり空です。
そんな難しいことを言わなくても細胞は常に新陳代謝し、
何よりも死ねばいつかは形を変えてなくなるので無常、無我です。

では「受想行識」についてはどうでしょうか?
受想行識とは簡単に言えば心、または心の働きと解釈されます。
心をよく観察すると常に変化し無常であり、やはり不変なる核となる実体が無く、
かつエネルギーであることが分かります。
エネルギーやその働きに苦しみなどあるはずがありません。

しかしそれをちょっと分かったくらいでは、やはり苦しみはあるのです。
キーワードは「意識」つまり「気づいている者」だと思います。
意識、気づいているものが無ければ苦しみは無いからです。
まだまだ修行が浅いと反省しきりです。

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