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2009/04/15 (Wed) 21:00

呼吸を観る瞑想(アーナパーナ・サティ)

以前呼吸を観る瞑想(瞑想の基本)で、呼吸を観る瞑想は基本的かつ安全な瞑想であると解説しましたが、呼吸を観る瞑想は奥が深い瞑想でもあります。今回はアーナパーナサティ・スッタ(安那般那念経)より中心部分を引用します。ただ呼吸を観るだけでなく、体も心も総てを観察することが分かります。

呼吸による気づきの教え(アーナパーナサティ・スッタ 289)

修行者は森に行き、樹下に行き、あるいは空家に行って、足を組んで坐り、身体をまっすぐに保って、対象に満遍なく気づきを向け、気をつけて息を吸い、気をつけて息を吐く。

最初の四考察(身体に関する組)
1.長く息を吸ったときは、私は長く息を吸ったと余すところなく自覚し、
 長く息を吐いたとき、私は長く息を吐いたと余すところなく自覚する。
2.短く息を吸ったときは、私は短く息を吸ったと余すところなく自覚し、
 短く息を吐いたとき、私は短く息を吐いたと余すところなく自覚する。
3.息を吸って、すべての体を知ることを課題とする。
 息を吐いて、すべての体を知ることを課題とする。
4.息を吸って、体の変調を静めることを課題とする。
 息を吐いて、体の変調を静めることを課題とする。

第二の四考察(感受に関する組)
5.息を吸って、喜悦を感受することを課題とする。
 息を吐いて、喜悦を感受することを課題とする。
6.息を吸って、幸福を感受することを課題とする。
 息を吐いて、幸福を感受することを課題とする。
7.息を吸って、心の変調を感受することを課題とする。
 息を吐いて、心の変調を感受することを課題とする。
8.息を吸って、心の変調を静めることを課題とする。
 息を吐いて、心の変調を静めることを課題とする。

第三の四考察(心に関する組)
9.息を吸って、心を感受することを課題とする。
 息を吐いて、心を感受することを課題とする。
10.息を吸って、心を歓喜で満たすことを課題とする。
  息を吐いて、心を歓喜で満たすことを課題とする。
11.息を吸って、心を安定させることを課題とする。
  息を吐いて、心を安定させることを課題とする。
12.息を吸って、心を解放することを課題とする。
  息を吐いて、心を解放することを課題とする。

第四の四考察(法則性に関する組)
13.息を吸って、常に無常を見ることを課題とする。
  息を吐いて、常に無常を見ることを課題とする。
14.息を吸って、常に色あせてゆくのを見ることを課題とする。
  息を吐いて、常に色あせてゆくのを見ることを課題とする。
15.息を吸って、常に消滅を見ることを課題とする。
  息を吐いて、常に消滅を見ることを課題とする。
16.息を吸って、常に手放すことを見ることを課題とする。
  息を吐いて、常に手放すことを見ることを課題とする。


このようにアーナパーナ・サティは、サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の、
両方の要素を兼ね備えていることが分かります。
是非呼吸を観る瞑想、アーナパーナ瞑想をお勧めします。

関連記事
瞑想学基礎
ヴィパッサナーで観るもの
呼吸を観る瞑想(瞑想の基本)

シリーズ記事
呼吸を観る瞑想(瞑想の基本)
呼吸を観る瞑想(アーナパーナ・サティ)
呼吸を観る瞑想(注意点)

参考URL
http://hikumano.umin.ac.jp/anapanasati.doc
http://72.14.235.132/search?q=cache:7er3pxKvm0QJ:hikumano.umin.ac.jp/anapanasati.doc+%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%86%E3%82%A3&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
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Comment

はじめまして

こんにちわ。
はじめまして。

最近、こちらのブログに出会い、いろいろと参考にさせていただいてます。

瞑想の事で質問があり、初めてコメントさせていただきました。

呼吸を観る瞑想(アーナパーナ瞑想)の解説にある16の考察の文章ですが、これは呼吸しながらマハーシ式ヴィパッサナー瞑想のラベリングのように心の中で言語化するものなのでしょうか?

あるいは16の考察は道標みたいなもので、瞑想中は言語化する必要はないのでしょうか?

初歩的な質問で申し訳ありませんが、お答えいただければ幸いです。


零時 |  2010年07月12日(月) 21:19 |   |  コメント編集

はじめまして

零時さん

はじめまして、コメントありがとうございます。
お答え遅くなりすみませんでした。

ご質問の件ですが、ラベリングは特に必要ありません。
ただし、うまく呼吸が観察できないときに、テクニックとしてラベリングを適宜応用するのは問題ないでしょう。
マハシ式も究極的にはラベリングを落とします。ラベリング無しでも詳細に観察できればそれに越したことはありません。

アーナパーナの場合は基本的にはラベリング無し、ただしラベリングに慣れていてうまく使えるようであれば、補助的にラベリングを用いても可、と考えていただければ結構だと思います。
CyberBaba |  2010年07月15日(木) 22:51 |   |  コメント編集

ありがとうございます!

お答えいただきありがとうございました。

いろいろな本などでアーナパーナ瞑想の16の考察を見かけますが、実践法としてそこ(質問させていただいた内容)が以前から謎でした。

参考にさせていただきます。
零時 |  2010年07月17日(土) 00:43 |   |  コメント編集

どういたしまして

零時さん

どういたしまして、お役に立てて幸いです。

アーナパーナを行う伝統的な方法としては他に、呼吸の数を数える(数息観)、呼吸に合わせて心の中でマントラを唱えるなどがあります。要は呼吸を見つめることが出来るようになれば良いので、ラベリングも含めてそのためのツールであり方便です。ツールなしに呼吸を見つめることが出来るようになれば、外してやれば良いだけのことです。

頑張ってください。今後ともご愛読よろしくお願いいたします。
CyberBaba |  2010年07月17日(土) 23:57 |   |  コメント編集

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