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2009/05/06 (Wed) 21:00

サマーディについての誤解

今回はサマーディ(三昧、禅定)とは何かについてです。
サマーディはサマタ瞑想(精神統一をし、心を安定させる瞑想)の最高の境地で、
思考も感情も全くまたはほとんど無く、意識だけがある状態で平安な境地です。
いわゆる無心とも言える状態です。

ここでサマーディに関する誤解を挙げてみます。

1.サマーディ=覚り(大悟)である
 サマーディ=覚り(大悟)ではありません。
 高い境地ではありますが、サマーディから出ればまた世俗の苦しみが待っています。
 従ってサマーディは覚り(大悟)ではありません。

2.サマーディは恍惚である
 サマーディでは思考も感情もありません。
 従って恍惚という感情もありません。
 平安で平静な境地です。

3.無心であればサマーディである
 無心というのが、実はバヴァンガ(有分心)という眠りの一種の場合があります。
 眠りはサマーディではありません。
 サマーディでは意識はあります。

シリーズ記事
サマーディについての誤解
サマーディの達成の判定方法(五自在)
サマーディで残る心(五禅支)
サマーディは覚りに必須か?

関連記事
瞑想学基礎
悟りとは何か?

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